デイジー茶碗蒸し

音楽・食べ物についていろいろ

りんご飴

 りんご飴がとても食べたかった話。

 幼い頃、私の父は仕事の関係で二〜三年間単身赴任をしていた。金曜日の夜に車で帰って来て、月曜日の朝車で出て行く。なので、お父さんが家にいるのはとても貴重な時間で、お父さんが煩わしく「お父さんあっち行って!!」など思ったことがなくお父さんが大好きであった。

 ある、七夕の夜、その年は週末でお父さんがいる日だった。私の地元では大きな河原に七夕の笹を持って行く風習があった(昔は川に流していたらしい)。弟がまだ小さかったので、お母さんと3人の時は連れて行ってもらえないが、その年は「お父さんに連れて行ってもらえる」と私は毎日楽しみに過ごしていた。七夕はもちろんだけど、河原にずらっと並ぶ露天のお店(たこ焼きなどの食べ物や、金魚すくいなどの)を見て回るのが大好きだった。特に、その時しか食べられないりんご飴が好きだった。

 当日、生憎の雨模様。しかも夕方になるにつれて雨脚は強くなる一方。祈るような気持ちで過ごしていたが、お母さんには「濡れてしまうからもう諦めなさい」と言われ、私は大泣きしてしまった。それなのにお父さんは「約束は守る」というような態度で私を車に乗せた。雨だから露天はやっていないかと少し心配していたけど、河原に近付いていくと、だんだん露天のお店の明かりが、水滴が付いた車の窓からキラキラと輝きながら見えてきた。駐車場に着いて、外に出る。「りんご飴買ったら帰るぞ」とお父さんは言って、傘も持たず二人で歩く。河原に着くと、雨のせいで子供の足では歩けないような水たまりが長く続いていた。子供ながらに、「これはもう先に進めないな、諦めなきゃいけないかな、りんご飴欲しかったのに」と思っていたら、お父さんがしゃがんだ「行くぞ」と言って私をおんぶした。お父さんの背幅はすごく広いので、うまく足を回すことができず、必死に肩を掴んでいる私。お父さんはどんどん歩き進める。りんご飴のお店は、なかなか出てこない。雨と涙で視界が滲みながら私もりんご飴屋さんを探す。やっと見付けたお店は、一番奥の最後の方だった。他にお客さんはほとんどいなかった中で、とても欲しかったりんご飴を買ってもらった。

 そこまで食べたくて仕方なかったりんご飴なのに、帰り道は車の中でそのまま寝てしまって、次の日食べたはずなのに、その味は全く覚えていない。お父さんの大きな背中にしがみついて歩き進んだ記憶だけが私にずっと残っている。